*égoïstement vôtre* エゴイストモン・ヴォトル

* 毎日悩みつつも、マイペースに生息しています。

* GINZA SIX

GW後半、みなさまいかがお過ごしでしょうか?
管理人はどこにも行かず、都内でごろーんとしております。

今日は知人と東銀座のフレンチビストロでランチをした帰り、
ちょっとお散歩しましょう、ということで
Ginza Sixを偵察(?)に行ってまいりました。

photo by bébépiupiu May 2017*
GINZA SIX


中はこんな感じ。すごい人でした・・・。

しかし、GW中に銀座の中心に行ったのは失敗でした。
特に4丁目交差点付近はすごい人混みで、カオスでした・・・。
でもそのうち忘れて、また来年もノコノコ出かけてしまいそうですが(汗)

* 2017年フランス大統領選挙


2017年フランス大統領選挙、本日が第一回投票日でした。
一応、我が家にも在京フランス大使館から候補者のポスターと投票用紙が届きました。
(なぜかフランスから郵送されたようですが)

photo by bébépiupiu April 2017*
2017年フランス大統領選挙


今回は本当に混戦模様。
管理人としては、誰もピンと来ません。

マリーヌ・ル・ペン(FN:国民前線)は論外。

サルコジの後継者となったフランソワ・フィヨン (LR:フランス共和党)は
なぜアラン・ジュペを押しのけて選出されたのかいまだに不明だし、
選出後のスキャンダルへの対応の印象が非常に悪く、裁判所の命令に従わないなど、
三権分立を尊重すべき大統領の器にあらず。

エマニュエル・マクロンは、自らの大統領選出馬のために大恩あるオランド大統領を裏切り、
無名の政治家から財務大臣の座を踏み台にのし上がったフランスメディアの寵児。
飛ぶ鳥を落とす勢いで、気づけばバックには財界の錚々たる大物が控え、
スマートなイメージの裏で、得体が知れない。

バルス現首相を抑えて、社会党(PS)の大統領候補として選ばれたブノワ・アモンは、
党内でもともと影が薄かったため、他の強烈な個性の候補者の中では印象に残らず。
オランド大統領の正当な後継者ではあるものの、インパクト不足。

極左のジャン=リュック・メランションは最も人権派だけれど、
移民問題やEUの課題は理想論だけで解決できるものではないし、
現実的とは思えない。

ニコラ・デュポンテニヤンは、なぜ懲りずにまた出馬しているのか謎。
旧UMPから離党して以来、古巣の悪口ばかりで迷走が目立つ。

・・・などと考えると、ため息がでますね。
個人的には、フランスの分断ではなく再集結を呼びかけたアラン・ジュペ元首相が
次期フランス大統領にふさわしい知性と経験を持ち合わせていたと思うのですが・・・。

なんにしても、第二回投票でル・ペンVS.マクロンになって、
マクロンが大統領になるのも避けたい・・・。

さて、第一回投票の結果やいかん。

* 春の色


都内では桜の葉が目立ちはじめ、すっかりあたたかくなりましたね。
さすがにそろそろ春らしいアイメイクにチェンジせねば・・・
と思っていたところ、
コスメデコルテのアイグロウジェムの春の新色が出たと聞いて、
お店に立ち寄ってきました。


photo by bébépiupiu April 2017*
コスメデコルテ AQMW アイグロウジェム BE382


手前が新色のBE382、
奥は秋に購入したチョコレートブラウンのBR380です。

しかも今週末には限定色が出るらしく、
「限定」という言葉に弱い管理人が我慢できるはずもなく、
入荷次第、自宅に送ってもらうことにしました。

・・・そうしたら、発売日前にポーチ付きで届きました(汗)


photo by bébépiupiu April 2017*
コスメデコルテ AQMW アイグロウジェム GD082


発色はほぼカラーレスで、
極小の控えめなゴールドのラメが、とてもきれい。
ナチュラルな仕上がりなので、お仕事メイクに使えそうです。


* ROSEMARY'S TOKYO


雨に濡れずにアクセスできる場所がいいね、ということで、
新宿駅直結のNEWoManのROSEMARY'S TOKYOで
ランチしてきました。

photo by bébépiupiu April 2017*
NEWoMan ROSEMARY'S TOKYO


降り続く雨ですこし憂鬱な1日でしたが、
大きな窓から差し込む日差しで、店内は明るく開放的。


photo by bébépiupiu April 2017*
NEWoMan ROSEMARY'S TOKYO



待ち合わせにも重宝しそうなアドレスです。

【ルモンド記事】ダン・ガートラー、コンゴ民主共和国とオフショアリングの王(1/3)

前回ご紹介した仏紙ルモンドのコンゴ民主共和国における鉱物戦争ですが、この問題を掘り下げるにあたり避けて通れないキーワードの1つが、イスラエル人実業家である「ダン・ガートラー(Dan Gertler)」氏。世界有数の地下資源に恵まれた広大な国でありながら、その資源の利権を狙う隣国ルワンダ、そしてアメリカ、イスラエル等大国の策略に翻弄され、最貧国として苦しむ人々。今日は以下の記事をご紹介します。


”« Panama papers » : Dan Gertler, roi du Congo et de l’offshore”(原文)
2016/4/7 | ENQUÊTE | Joan Tilouine | Le Monde
「パナマ文書」:ダン・ガートラー、コンゴ民主共和国とオフショアリングの王 | ル・モンド紙  

「パナマ文書」:ダン・ガートラー、コンゴ民主共和国とオフショアリングの王

イスラエル人実業家ダン・ガートラー(Dan Gertler)氏の資産はタックスヘイブンにあるが、その関心は彼がカビラ(大統領)父子の影で財を成したコンゴ民主共和国(以下DRC)にある。

タックスヘイブンにおける企業設立支援を行うモサック・フォンセカ法律事務所がいかに嫌おうとも 、ダン・ガートラー氏はフォンセカの立派な顧客のひとりである。コンゴ民主共和国の広大にして不透明な鉱物資源帝国のトップに君臨するのが、この42歳のイスラエル人の実業家だ。国際通貨基金(IMF)から2012年以来監視されている人物でもある。NGOやコフィ・アナン氏のシンクタンク「アフリカ・プログレス・パネル」は、ガートラーを「略奪」および収賄で非難している。だが、パナマのモサック・ フォンセカが、後ろめたい政治家や国連の制裁対象となっている企業を抱える法律事務所であるにも関わらず、ガートラーが自らの顧客であることに眉をひそめるのは、この億万長者に騙されたと感じているからに他ならない。

「パナマ文書」を理解する3つの鍵

76カ国にわたる我々ル・モンド紙と108のメディアは、「国際調査報道ジャーナリスト連合」(ICIJ)の協力のもと、 オフショアリングとタックスヘイブンの不透明な世界を白日のもとに晒す大量の未公開情報にアクセスした。それは、 企業のオフショアリングを専門とするパナマの法律事務所モサック・フォンセカの1977年から2015年までの資料から成る1150万ものファイルだ。メディアがアクセスできた過去最大の情報漏えいであった。「パナマ文書」は、多くの 国家元首の 匿名に加えて、億万長者、有名スポーツ選手、セレブリティ、国際的制裁を科された人物が、財産隠しのためにオフショアリング工作をしていたことを暴露した。

モサック・フォンセカ法律事務所の怒りは2010年にさかのぼる。優良顧客のひとりだったジブラルタル半島の弁護士から、 イギリス領ヴァージン諸島に至急2つの会社を設立するよう依頼された。事務所は通常の審査なしに、親切にも依頼を実行した。モサック・フォンセカ事務所が、依頼者であるFoxwhelp 社と Caprikat社の真の所有者の正体を知ったのは、それから1年後だった。その正体がダン・ガートラーだ。

物事を確実に覆い隠すには、最初が肝心だ。この2つの会社は、真の所有者を隠すために、驚くべき細工が施されていた。Foxwhelp 社と Caprikat社は、ケイマン諸島に住所を有する投資ファンドAfrican Ressources Investment Fundにより所有されており、このファンド自体がリヒテンシュタイン公国に所在する2つの財団の支配下にあった。そしてこのリヒテンシュタインの2財団もまた、ジブラルタル半島の巨大トラストによって所有されていた。パナマ文書なしではたどり着くことがほぼ不可能な、強固な水門に守られたシステムだ。唯一明らかになったのは2つの名前だ。スイス人の弁護士マルク・ボナン氏と、南アフリカ共和国大統領ジャコブ・ズマの甥で利権屋のKhulubuse Clive Zuma氏。両者はいずれもこの件に関するコメントを拒否した。

怒ったモサック・フォンセカ法律事務所の創始者の娘ジェニファー・モサックは2011年6月2日、ル・モンド紙が閲覧した内部メールにおいて、ダン・ガートラーを「血塗られたダイヤ商人」と断じ、ガートラーが関連する全ての会社の閉鎖を命じた。しかし7月11日12時8分、怖いもの知らずのマルク・ボナン氏は、モサック・フォンセカ事務所の最大のライバルであり、同じくパナマシティに設立されたモルガン&モルガン社にガートラーの会社を移転させたのである。

冒険者の最初の一歩

ダン・ガートラーは大ばくちを打ち、2015年にフォーブス誌が12.6億ドルと推定する財産を築いた。ダイヤ商人の孫であるガートラーは1997年、23歳で、紛争の只中にあったコンゴ民主共和国の首都キンシャサの地を踏んだ。 まだモブツ・セセ・セコが最後の数ヶ月を大統領として支配していた時代だ。反政府軍を率いるローラン=デジレ・カビラは首都に攻め入るために資金と武器を欲していた。ガートラー青年は、コンゴ東部のダイヤモンド鉱床を狙っていた。そこで2人は手を組んだ。“ダン”は反乱軍を支援するために2000万ドルを駆り集めた。その代わりに、大統領となったローラン=デジレ・カビラから、コンゴのほぼ独占的なダイヤモンド採掘権を獲得した。

2001年1月、近衛兵の一人により暗殺された「年寄り」(*ローラン=デジレ・カビラ大統領)に代わり、その息子である30歳のジョゼフ・カビラが権力の座に就いた。ガートラーは、この無口で経験不足の若い大統領に取り入った。ダン・ガートラーがジョセフ・カビラに初めて出会ったのはDRCの第二次紛争(1998年〜2003年)でカタンガ州の前線であった。このイスラエル人実業家は、アメリカの支援を取り付ける交渉役としてカビラの密使となった。ガートラーは、ジョゼフ・カビラに自分のプライベートジェットを自由に使わせていたという。

コンゴ民主共和国(DRC)の鉱山で億万長者となったダン・ガートラー

実際、2001年、ダイヤモンドの独占権が突然解除された後も、彼らの友情は続いているようだ。5年後、ダン・ガートラーはジョゼフ・カビラの結婚式にさえ招待された。ガートラーはとりわけ、カビラ大統領に最も近い側近に近付いた。コンゴの原料資源を意のままに支配する男、オーギュスタン・カツンバ・ンワンケだ。2000年初期、コンゴの金庫の鍵をダン・ガートラーに渡したのが彼である。
(その2へ続く)