*ベネディクト16世とイスラム教 その2 / ルモンド社説

                        

この手の問題は日本ではあまり身近には感じられないけれど,
今の世界状況を鑑みれば,日本だってきっと,無関心を装っている場合じゃないのですよね。。。
前回 は事実の把握のみの記事だったので,今回は一歩踏み込んだ分析をルモンドの社説で見つけました。

Benoît XVI et islam 『ベネディクト16世とイスラム教』 ルモンド 2006/09/15付 社説より

政治家よりもむしろ神学者であるベネディクト16世が9月12日,ドイツのレーゲンスブルク大学で行ったイスラム教における暴力的傾向についての講演は,正確さを”巧妙に”欠いたものだった。9.11事件から5年,反イスラム主義の波が押し寄せる今だからこそ,ローマ法王には,イスラム教に対し節度ある演説を行い,イスラム教とイスラム原理主義の意図的混同を断固拒絶して欲しかった。

このドイツ人の法王は,神の声に”耳を塞ぐ”ヨーロッパ内で,キリスト教徒としてのルーツの記憶と信仰が崩壊することを極度に恐れている。ヨーロッパが世俗化され衰弱するのとは反対に,イスラム界は勝ち誇っているではないか。ベネディクト16世にとって,理性なき信仰は(道しるべを失い)漂流するしかなく,理性こそがあらゆる宗教の『致命的な病』---すなわち,原理主義に対する最高の特効薬なのだ。イスラム教は身内で自己批判するなど不可能であり,ゆえに近代化にほとんど対応できずに狂信的な暴力を許してしまう,と法王は考えている。

もしアル-タバリからアヴェロエス,そして19世紀の宗教改革者たちの時代に至るまで,イスラム教思想の歴史が”理性”に盲目だとするならば---その言葉はコーランの中で45回にわたり出てくるのだが---,法王の論法はもっともであろう。法王の言葉はイスラム教世界に衝撃を与えた。彼らは,ヴァチカン第二公会議(1962-1965)(* 訳注①)から始まった40年間にわたる対話の果てに,カトリック教会とイスラム教の関係が再び悪化することを憂いている。

それは必ずしも真実ではないが,かと言って間違っているわけでもない。ベネディクト16世は法王に選出されて以来,イスラム教徒と対話する意思があることを再確認してきた。カトリック教会は,平和に貢献する(宗教間の)歩み寄りから今さら手を引くことは出来ない。イスラム教はキリスト教以上に一致団結しているわけではない。そして,キリスト教はイスラム教と同様,暴力と結びついた歴史的過去があるのだ。

しかし,ベネディクト16世はヨハネ・パウロ2世のようには対話に耳を貸さない。彼は,(宗教の)”行き詰まり”を指摘するのに長けているのだ。すなわち,代表的な交渉者の不在,不可解な神学的対話,背教や侮辱罪を犯した者を死刑に処することが今でも実践されていること,いくつかのイスラム教国(たとえばサウジアラビアなど)で信仰されている少数派宗教の禁止など---。ならば,カトリック教会の最高権力者である彼は,イスラム教の地で置かれているキリスト教の現状に手をこまねいている場合ではない。ムハンマドの風刺画事件以来,トルコでは3人のカトリック司祭が殺害され,パキスタンやナイジェリアでは教会が放火された。

イスラム教の責任者たちが黙認することも隠蔽することも出来ない,これだけの暴力的現実があるのだ。宗教間の対話に関しては,穏健派のイスラム教責任者がイスラム原理主義者たちをこれ以上野放しにしないならば,より有益なものになるだろう。その点について,より明確に詰めていく必要がある。

* * * キーワード * * *
①ヴァチカン第二公会議・・・通称ヴァチカンII。ローマカトリック教会の第22回世界公会議にあたり,1962年に法王ヨハネ23世が開会を宣言,1965年に法王パウロ6世によって閉会される。さまざまな画期的テーマが討論され,近代化と対話へ多大な貢献を果たした,20世紀カトリック教会史上における最も象徴的なイベントであった。*参照: Wikipédia

フランスの主要新聞の社説って,意見が明快で好きです。読んでいて,なんだか爽快。(・・・え?意味が明快じゃない?それは,わたしの訳のせいです~!!バッタリ。)社説の意見が正しいのか,はたまた偏見に満ちたものなのか,それはまた別問題だけど。。。社説を鵜呑みにせずに,自分なりの意見を再構成できるようになりたいものですね。

6 Comments

modernosaka  

自身の発言が過激な暴力を助長してしまった現実を、
現在のローマ法王はどう考えてるんでしょう?
気になります・・・
なんにしても悲しいですね。
3人もカトリック司祭が殺されてしまったなんて。
穏健派のイスラム教責任者というのが
どれだけの発言権を持っているのかわからないけれど、
彼らとローマ法王が歩み寄って
事態が安静になってほしいですね。
一番いいのは、今のローマ法王が変わるのがベストな気がします。v-34

2006/10/01 (Sun) 20:48 | EDIT | REPLY |   

bebepiupiu*  

i-209 to: modernosakaさん

もみじがmodernosakaさんの定番マークになりつつありますね~i-236

今のローマ法王にとっていちばん大切な使命は
世界がこれ以上『 キリスト教国 vs イスラム教国 』という構図になることを
防ぐことなのでは・・・と思うのですけど,
なんだか先行き不安ですよね・・・i-230

彼は今回のことについては『 誤解 』であり,『非常に残念に思って』いるそうですが,
謝罪の言葉はまだ口にしていません。
教皇という立場上,難しいことなのかもしれないけれど
ひとこと『ごめんなさい』と言えば
イスラム教徒の人たちも少しは気持ちが和らぐのでは・・・。

2006/10/02 (Mon) 21:56 | EDIT | REPLY |   

ちぇぶ  

私ももみじさん同様、法王がどのように考えているのか気になります。
一度口にした言葉は取り返しがつきませんが、
これからの対話や歩み寄る姿勢など大事にしてほしいですね。
それは法王だけでなくイスラム教の人たちにも言えること
なんですけどね・・・。

2006/10/04 (Wed) 19:56 | EDIT | REPLY |   

bebepiupiu*  

i-274 to: ちぇぶさん

ちぇぶさん,こんばんは♪
modernosakaさん=もみじさん・・・すてきなネーミングですねi-265

ほんと,一度口にしてしまったことは取り消せないけれど,
大切なのは,その後のフォローですよね^-^;
それは,お友達同士でも同じことですし・・・。
(・・・と,いきなりレベルを引き下げるわたし・・・i-239

でも,やっぱり法王は
『ごめーん,間違えてた!』なんて言えるわけがないから
タイヘンなのでしょうけど。。。(やっぱりレベル下げてる)

2006/10/04 (Wed) 23:33 | EDIT | REPLY |   

shikahiko  

一神教の持つ限界なのでしょうね。
「みんな仲良く」って言っちゃったら多神教になっちゃう。
でも、宗教の基本は、許し、許しあうことだと思うのだけれどな~。
2000年にも及ぶ「近親憎悪」は、一朝一夕には解消しないんだね(>_<)
アハ、こんな事言ってしまったら、何の方向性見出せないね(--;

2006/10/08 (Sun) 11:48 | EDIT | REPLY |   

bebepiupiu*  

i-275 to: shikahikoさん

>でも、宗教の基本は、許し、許しあうことだと思うのだけれどな~。

ほんと,そうですね。
異なる者,異なる思想・主義に対する寛容さが,
お互いに足りないのかもしれません。。。

『 近親憎悪 』と言えば,キリスト教とユダヤ教もそうですよねi-229

宗教の違いから憎みあい,殺し合うヒトたち・・・。
あらゆる宗教がごちゃまぜになった,現代ニッポンは,
非常に寛容なのか,それとも単に宗教自体に無関心なだけなのか,
その,(あるイミ)意図的なまでの曖昧さはすごいかも。。。

2006/10/09 (Mon) 23:34 | EDIT | REPLY |   

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