* サルコジ大統領とギィ・モケの手紙

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『 エリゼ宮にて,サルコジファミリー(の一部) 』 ( 左からルイ,セシリア夫人,ピエール,サルコジ大統領 )

さて,左派・中道派の人気政治家を大胆に取り入れたサルコジ新内閣は,仏メディアの予想どおりだったとは言え,いろいろ考えさせられる組閣と言えそうです。それについては次回で扱うとして,まずはシラク前大統領から正式に大統領の権限を移譲されたサルコジ新大統領。サルコジ新大統領はカメラのフラッシュの前で,プラダのシャンパンベージュのワンピースをまとったセシリア夫人,サルコジ(と前妻)の息子2人,セシリア(と前夫)の娘2人,そしてサルコジとセシリアの間に生まれた10歳の男の子ルイとともに,『 理想的な家族 』の肖像を見せました。式の最中に,思わず涙した夫人の頬を大統領がぬぐい,TVカメラが見守る中でキスを交わすふたり。レクスプレス紙では,ファーストレディの座と自由な人生との間で揺れ動くセシリアの心が生々しく綴られていたけれど,それと同時に『 夫の公私すべてをコントロールしたい 』という願望が非常に強い彼女。今回のことは,やはり自由と同じくらい権力を愛するセシリアらしい選択かもしれませんね。
今日の記事は,大統領選中から”愛国心”を高揚する演説を続けてきたサルコジ氏が,レジスタンス古参兵を称える式典において,若くして命を落としたレジスタンスのシンボル,ギィ・モケ(* 訳注④ )を大仰に礼賛したのは,右翼的な政治目的では?とされる物議です。

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 『 明確な兆候 』
リベラシオン紙 | 社説 | 2007/05/17付 | ロラン・ジョフラン著
"Signal clair" Libération | Éditorial | Laurent JOFFRINF

5月10日(* 訳注① ),それは非常に右派的な日だった。念入りに選ばれた言葉,効果的に使われたシンボル,そして彼の言動---。ニコラ・サルコジ氏は自分が単に,前任者に代わる者でも民主運動連合の党首を引き継ぐ者でもなく,ましてシラク主義やフランス保守主義の好戦的な相続人でもない,と証明してみせた。ミッテランが大統領に選ばれた1981年のように,ニコラ・サルコジの今回の勝利が,フランスの政治生命に新たな時代をもたらすことはほぼ間違いない。つまり,かつての右派が熱望しながらも国民の抵抗の前に譲歩せざるを得なかった自由主義改革を,彼はフランスに初めて導入しようとしている。そして,昨日の演説(* 訳注② )で,国内犯罪や移民政策についてサルコジが示した毅然とした態度は,将来,立法や実務レベルで行き過ぎを招くのは想像に難くない。そしてそれは,昨日まで内務大臣であり,今日から大統領である彼がこれまで何度も実践してきたことだ。今回サルコジ氏が示した政策に異議が噴出するのは当然だろう。我々も警戒しなくてはならない。

だが,(彼によってもたらされる)新たな時代が,サルコジ氏の(時に不適切な)政策のみに集約されると判断するのは大きな間違いだろう。サルコジ氏が構想中の(左派・中道派に)”解放された”新内閣こそがその明らかな兆候であり,それは総選挙(* 訳注③ )以後も継続されるだろう。1941年にナチス・ドイツによって銃殺された若き共産党員ギィ・モケ(* 訳注④ )が,今回のサルコジ大統領就任式で象徴的な英雄として祀り上げられたことが,全てを語っている。アングロサクソン的な新保守主義(ネオコン)のフランス版をこの国に導入することを決めたサルコジ。彼は,恐るべき巧妙さと,反対者を無力化させる断固とした意思をもって,それをやり遂げることだろう。フランス共産党(PCF)の殉教者であるギィ・モケが右派によって神聖化される事実。それは衝撃的でさえある。このような状況下にあっては,条件反射的な抵抗では全て失敗に終わるだろう。サルコジ氏のこれからの政策を偏狭な党派的先入観で判断してはならない。価値観に準じ,個々の政策につきていねいに判断することが必要だ。冷静に,そして寛容になろう。異議は内部から自ずと唱えられるはずだから。
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 キーワード & 訳注 
*①5月10日
・・・パリで催されたフランスにおける奴隷制度廃止の記念式典がパリで催され,ニコラ・サルコジ氏とシラク大統領(当時)がそろって参加。サルコジ氏はフランスの負の歴史(たとえば奴隷制度,ヴィシー政権,アルジェリア戦争中の虐殺・拷問など)について,現代フランスにとって『 過度の悔恨 』は必要ではなく,『 父や祖父が犯したと”推定される”過ちの報いを息子に求めるのか 』と以前から発言している。これに対し,フランスの多くの歴史家たちは『 フランスの負の歴史を抹消しかねない態度 』であり,『 歴史に対する単一的なヴィジョン 』だと警告している。(なんだか,どこかの国でも見られる傾向ですね・・・) * 参照記事 : ル・モンド紙『 サルコジ氏,悔恨の念を否定しつつも奴隷制度廃止記念式典に参加
*②昨日の演説
・・・5月16日,シラク前大統領からニコラ・サルコジ氏に大統領の権限を移譲する式典で,サルコジ氏が行った演説のこと。

*③総選挙
・・・6月10日(日)と17日(日)に2回に分けて行われる国会議員選挙のこと。候補者の申請は5月18日をもって締め切られた。5月21日から選挙戦が開始される。

*④ギィ・モケ( Guy Môquet )
・・・当時ナチス・ドイツの占領下にあったフランスで,パリ17区の高校生だったギィは,青年共産党員としてレジスタンスに入り,フランス解放のために地下活動を始める。1940年,東駅のメトロでヴィシー政権下のフランス警察に逮捕される。仲間の名前を明かさないギィは拷問され,各地に移送される。翌年,ナチス将校の命令下,ギィは26人の仲間とともに”フランス万歳!”と叫びながら銃殺され,17歳の短い生涯を閉じた。弟のセルジュ(12歳)は兄の死に衝撃を受け,数日後,兄の後を追うように亡くなった。ギィ・モケの名前は今でもパリ17区と18区の境にあるメトロ13番線の駅名をはじめ,フランス各地にその名を残している。
5月16日,大統領就任式の後に凱旋門で行われたレジスタンス古参兵のための式典でサルコジ氏は,ギィ・モケが両親に充てた最期の手紙をギィの享年と同い年の高校生に朗読させ,涙を流した。レジスタンスの生存者や遺族たちの一部は,サルコジがレジスタンスのシンボル的存在であるギィ・モケを愛国心を高めるために政治的に利用するのは倫理に反する,と強く反発。サルコジ氏は,ギィの手紙を高校で学習することを義務付けるべきだ,と提案している。

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