* そしてサルコジの進む道 【後半】 (ル・モンド紙より)

* images by © Rue 89

停まらないメトロ。(ストライキ中 / 11月16日)

またパリ郊外が荒れています・・・。少年2人の乗ったバイクとパトカーの衝突事故が発端となり(少年らは死亡),パリ北部 Villiers-le-Bel(ヴィリエ・ル・ベル)で若者たちと警官隊が衝突。気懸かりなのは,暴動の結末よりも(すでに沈静化),その背景に横たわるフランス社会の暗部。それは,いまだ厳然と存在する差別意識,そして移民系(2世または3世)の若者たちが未来に希望を抱くことのできない社会構造。
今日は,前回の記事(の訳)の完結編です。


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『 ニコラ・サルコジ,私利私欲の外交官
(後編) 』 
2007/11/06付 Le Monde
"Nicolas Sarkozy, diplomate intéressé, par Philippe Ridet" ルモンド紙
Analyse | 分析 | par Philippe Ridet ( フィリップ・リデ著 )
(*)は訳者による注釈

では,サルコジのメソッドとは何か?それは次第に明らかになってきた。サルコジ氏にとってそれは,最も重大な問題に個人的に介入することであった。

たとえそれが欧州憲法の新条約を練り上げることであれ,ブルガリア人看護師らの解放,またはチャド共和国でフランス人ジャーナリストを”救出”することであれ,サルコジ氏はフランス外務省を介在させず,みずから直接交渉に挑むのだ。あとは,機が熟するのを待つだけだ。欧州憲法の新条約については,当時の例外的ともいえるEUトップのパワーバランスを最大限に利用した。すなわちその頃,ドイツによるEU大統領の任期(*2007年1月から6月まで)は終了に近づきつつあり,イギリスではゴードン・ブラウン氏(現首相)よりも親EUで知られたトニー・ブレア(当時)首相が数日後に辞任(*6月27日)を控え,逆にサルコジ自身は大統領選に勝利(*2007年5月6日)したばかりで飛ぶ鳥を落とす勢いだった。彼はまさにその時を狙ったのだ。リビア事件では,サルコジ氏は他の人たちによる外交努力の結晶を横取りしたが,自身が介入する日時はしっかりとわきまえていた。”チャド事件では,チャド司法当局がフランス人ジャーナリスト達とスペイン人の客室乗務員達を放免するという確かな情報を掴んでから,フランス航空機を離陸させたのである。

次の仕事は,うまみのある”取引”を見つけることだ。すなわち,ポーランドとイギリスには欧州憲法(新条約)の特例措置(*注①)を認め,リビア政府には武器と核施設を供与し,チャド共和国には近隣諸国におけるきわめて優位な役割を認めた。サルコジは脅しに屈することはないと強調しつつ,この手ごわい交渉相手たちに親しい付き合いを許したのである。それはたとえばポーランドのカチンスキ兄弟(*注②)であり,リビアのカダフィ大佐であり,チャド共和国のイドリス・デビー大統領であった。

残るは,自分の良心のみに従う公平無私な人物を演じるだけだ。『 私は常に,これから自分が冒すであろうリスクを認識している 』 と,サルコジはンジャメナ(*チャド共和国の首都)で行われた記者会見でこう述べている。『 もしもっと安全な仕事がしたければ,大統領などにはなっていなかった。問題を解決するために毎回外国を訪れることで,その国の独立性を侵害するというならば,自分の国でおとなしく待っていればよい。そうすれば,何の心配もないのだから 』 ---非常にサルコジらしい雄弁術と言わねばなるまい。まして,この当意即妙な答えは実際,反論の余地すらない。

つまりサルコジ氏は,フランス人ジャーナリストらの”解放者”としての,この前代未聞の立場をうまく利用しようと考えている。それは,この事件に対する皮肉でも何でもない。サルコジは今まで,メディアを制圧下に置いて情報操作し,自分の話題で独占しているとして,絶えず批判され続けた(---時にそれは事実であるが)。ところがそのフランス共和国大統領が,この波乱に満ちたチャド事件において,報道の自由の最強の守護神として登場したのだ。むろん,彼が率先的に行動を起こしたからといって,ジャーナリスト達がサルコジを手放しで信用しているわけではない。しかし少なくとも,たとえばサルコジが実際に不当介入した2005年夏のような事件を,大統領の職権の範囲内として相対的に認識できるかもしれない---すなわち,パリ・マッチ紙のアラン・ジェネスター編集長が,当時内務大臣だったサルコジの妻がN.Y.で恋人と落ち合った写真をスクープした直後,サルコジの介入により解雇された件(*注③)だ。

ンジャメナからパリ行きの飛行機に搭乗する前,国家元首サルコジがいかに誇らしい気持ちでこのように発言したかは想像に難くない---『 私の国で,ジャーナリストたちが私にこう言うのだ。”あなたがなんとかしなければ”,と--- 』 つまり彼は,ジャーナリスト達のプロ意識から発せられた願いを聞き入れただけだ,と言外に暗示しているのだ。これで,彼のお気に入りの格言は,さらに重みを増すだろう。”仕事のできる者に強運は不可欠である” 【 完結 】

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 キーワード & 訳注 
*① 欧州憲法(新条約)の特例措置・・・
フランスとオランダの国民投票で否決された欧州憲法に代わる新条約を協議するため,2007年6月21日-22日,EU27加盟国による欧州政府間協議(CIG)が開催された。その中でイギリスは,加盟国に司法権の強制的介入を認める基本的人権憲章の適用除外を求め,ポーランドもそれに倣い,両国に例外措置が認められた。しかし今秋発足したポーランド新政府は要求撤回の可能性を示唆している。
*② カチンスキ(Kaczyński)兄弟・・・
弟レフは現ポーランド大統領,兄ヤロスワフは弟によって首相に任命されたが,ドナルド・トゥスク(野党PO党首,現首相)に敗北を喫し,辞任。
*③ パリ・マッチ事件・・・
過去記事『 サルコランド---ニコラ・サルコジの最強コネクション 』のキーワード欄参照。

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