* 天声人語---それはちょっと違うんじゃないの?/ サルコジ大統領の再婚



mémento

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2008年2月3日付,朝日新聞 / 天声人語より

フランスメディアが昨日(2月2日),サルコジ大統領とカルラ・ブルーニの結婚(民事婚)を報道。France2
20時のニュース番組や,他の仏メディアの取り上げ方を見て感じたのが,仏メディア側の総じて(もちろんTF
1
Europe1等をのぞく)冷ややかな報道姿勢。それは,サルコジ氏が今まで自分に都合のよい時だけメデ
ィアを利用し自分の私生活を切り売りして,世間の注目と国民の支持を得ようと画策してきたことを思えば,む
しろ自然な反応。ところが翌日の日曜日,朝寝坊してのんびり新聞の一面を眺めていたら,ふしぎなコラムに
目が留まりました。以下,朝日新聞の天声人語より。


フランスのサルコジ大統領は「本音の人」である。昨秋に離婚し、14歳下の人気歌手カーラ・
ブルーニさん(39)と結婚したらしい。在職中に配偶者を代えた仏元首は、本当かどうかナポレ
オン以来とも聞く。要職だからと、私生活を犠牲にする気はないようだ


皮肉かと思ったが,どうやらそうではないらしい。サルコジ氏の場合,むしろ 『 要職にあるからこそ 』,
だろう。仏国内では,”大統領は離婚したばかりにも関わらず再婚を急ぎ,急降下する支持率を食
い止めようとしているのでは”,との見方も根強い。今までさんざん私生活をメディアを通じて公表し,
自身をセレブ化(pipolisation)することで世間の注目と人気を集めてきた。少なくとも第五共和制
下のフランスでは,歴代大統領は私生活を表に出さず,メディアも大統領のプライベートを最大限尊
重する,という伝統があった。そこに変革をもたらしたのが,サルコジ大統領だ。


パリで4年前、公演後の楽屋にカーラさんを訪ねたことがある。缶ビールを片手に、来日への思
いを気さくに語ってくれた。その応対ぶりから、仕事にも恋にも正直な人とお見受けした。大
統領とは生き方も一致したのだろう。


・・・ゴシップ的な情報は避けたかったが,たとえば以下の経緯はフランスで広く知られている。かつてカ
ルラは作家J.P.アントヴェン(Jean-Paul Enthoven)と同棲していた。ところが,彼の息子ラファエ
ル・アントヴェンと恋に落ち,妊娠。ラファエルは妻ジュスティーヌ・レヴィ(Justine Lévy)の元を去
り,カルラと再婚した。その後,J.レヴィが当時の絶望と再生を綴った自伝的小説,”Rien de gra
ve
”(大したことじゃない)が2004年のベストセラーになり,レヴィは小説家としての地位を確立した。
---転んでもただでは起きないところは,さすがはBHL(ベルナール=アンリ・レヴィ)の娘,といったとこ
ろだが。---カルラがフランスで”パピヨン(ちょうちょ)”と呼ばれるほど,次から次へと多くの著名人や政
治家と浮名を流してきたことや,彼女の重婚推奨主義について批判するつもりは全くない。それは彼
女の生き方だ。だが,以上のような経緯を承知の上で,新聞の看板コラム(?)が,大統領夫人を
”(仕事にも)恋にも正直な人”だから,”大統領とは生き方も一致したのだろう”と評するのは,いか
がなものか。


自分に正直に、本音で生きてゆくのは楽じゃない。周囲との摩擦、好奇の目。「結婚は忍
耐」と言う通り、夫婦がそれぞれ我を通せば破局に至ることもある。されど人生は一度きり
二人をうらやましく思うかどうかは別にして、つまらぬ遠慮や辛抱で消耗したくはない。そうはいか
ないのが普通だろうが、辛抱しすぎると命が縮むというからご用心だ。


確かに,『 自分に正直に、本音で生きてゆくのは楽じゃない 』 が,サルコジ氏は今や一私人ではな
い。その自由な生き方の迷惑を被るのが国民でないことを願いたい。『 人生は一度きり 』 という言
葉を,あたかも免罪符のように,フランス共和国という巨大な船の将来を国民から託された現職フラ
ンス大統領に贈るのは,考えものだろう。そして,『 つまらぬ遠慮 』 とは,カルラとのあからさまな交際
や度重なる豪華なバカンスに批判的だったメディアに対してか。それとも,それを憂う国民に対して
か。文頭では ” サルコジ大統領は「本音の人」”と言うが,たとえば前妻セシリアとの関係について,
サルコジが過去にメディアに公表してきたことがどこまで真実だったのか,今となっては疑問の声が強
い。そして何よりも,離婚から急転直下,国民的人気歌手との交際→結婚というあわただしい一連
の流れが,改革の効果を実感できず不満が募る国民の目を一時的にそらし,あわよくば支持回復
を狙う,”政治的賭け”としての側面が指摘されていることを忘れてはならない。

サルコジ大統領の再婚は,至極もっともだ。だが,彼の“政治家のセレブ化戦略”にさんざん利用さ
れてきたメディアが,今回の件に冷ややかな反応を示す中,新聞の一面でこのように楽天的な”祝
辞”を贈るとは,いささかお人よしが過ぎるだろう。


 これは天声人語の前半部分です。全文はこちら