【フランス統一地方選,最終結果】 フランス国民,与党に制裁を下す。

image by © Le Monde

左派勝利の開票結果に沸くトゥールーズ市民たち

すっかり1週間遅れでのご報告ですが,去る3月16日,フランス統一地方選挙の第二回投票の結果は,ご存知のように左派が与党を制し,各地で圧勝しました。左派の勝利を,リベラシオン紙を介して紹介するのはちょっと公正を欠くかな・・・とは思うのですけれど,全国主要都市の選挙結果が簡潔にリポートされていますので,紹介しますね。フランスのさまざまな都市名が出てきますので,下にリンクを貼ったル・モンド紙のフランス選挙地図を参照に読まれるといいかもしれません。
さて今回,改めて驚かされたのが,政治に対するフランス国民の冷静な判断力と反応の速さ。昨年春,ほぼ全幅の信頼をもってフランスの5年間の将来を託したニコラ・サルコジ大統領とその母体政党に対し,今回,フランス国民は非常に厳しい制裁を下しました。今回の左派勝利は,国民の左派への共感というよりは,大統領を筆頭に与党(右派)が推し進める政策に対する”国民からの警告”と理解するのが正解でしょう。それにしても,個人的に支持する政党や,政治家の表面的な発言・パフォーマンス,メディアでの知名度等に捕らわれることなく,各政党の政策をじっくりと見極め,各々の政治家の発言の整合性を判断した上で票を投じるフランス国民は,政治的に成熟した国民だなあ,と思います。


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「右派,否認される」
2008/03/17 | Libération | Politiques | N.RAULIN
"La droite désavouée"
 リベラシオン紙  |  政治 | ナタリー・ロラン著
* (*)は訳者による注釈
参照 →今回の統一地方選によって変化したフランスの勢力地図 / ル・モンド紙より
( ※ 青=右派,赤=左派。各都市をクリックすると選挙結果の詳細が表示されます )


---左派はストラスブールをはじめ,レンヌ,アミアン,カン,ペリグー,トゥールーズ等,多くの都市で勝利を収めた。右派にとどまったマルセイユを除けば,今回の投票は大統領とその政策に制裁を加えた---

与党UMP(国民運動連合)は,それが一時的な突風に過ぎないと信じようとした。だが,それは大竜巻となり,大統領の母体である政党に襲いかかった。ニコラ・サルコジの支持者たちは2週間連続して,投票をボイコットした。党本部や大統領自身による投票の呼びかけも,結局,功を奏することはなかった。第一回投票における記録的に低い投票率(66,64%)は,第二回投票ではさらに低下し,第五共和制でのこの種の選挙では最低の投票率(65,5%)となった。3月9日(*第一回投票日)の時点ですでに予測可能であったように,この制裁票はその威力をまざまざと見せ付けた。そしてこの惨劇は,中道派MoDem(民主運動)にとっても例外ではなかった。

市長の任期切れにより再選が期待されていたグザヴィエ・ダルコス(Xavier Darcos)現・教育相は,エリゼ宮(*大統領府)からの覚えが非常にめでたい人物であったにも関わらず,ついに落選してしまった。それは,内閣の他の同僚たちがすでに3月9日(*第一回投票)の時点で華々しく当選を決めた事実さえ吹き飛んでしまうかのような衝撃であった。選挙中,2週間にわたりペリグー(Périgueux)の街を走り回った,生え抜きのサルコジ派大臣に対し,最終的にペリグー市民たちは暇(いとま)を与えたのである。

開票の結果,フランスの10大都市のうち,7都市が左派の手に渡った。社会党は,リヨン(Lyon)に続き,3月9日(*第一回投票)に早々とパリを手中に収めた。パリ市民たちはベルトラン・ドラノエ(Bertrand Delanoë)市長に大量票を投じ,改めて彼に信任を与えたのである。そして今回の地方選の最大の目玉だったのが,トゥールーズ市長選だ。フランスで4番目に多い人口(44万3千人)を誇るトゥールーズで,与党の前市長ジャン=リュック・ムダンク(J.L. Moudenc)を社会党ピエール・コーエン氏(Pierre Cohen)が破ったのだ。社会党はレンヌ(Rennes) ,ナント(Nantes),リール(Lille)で予想どおり勝利をもぎ取り,ストラスブール(Strasbourg)をも手中に収めた。サンテティエンヌ(Saint-Étienne)では,中道派MoDemの参戦で三つ巴の戦いとなり,それが結局,与党の前市長にとって致命傷となった。逆にボルドー(Bordeaux)では,与党のアラン・ジュペ氏(Alain Juppé)が第一回投票で圧倒的多数で当選を果たし,ニースではフランス海外領土県大臣クリスティアン・エストロジ氏(Christian Estrosi)が苦戦の末,当選を果たした。マルセイユでは,与党”ナンバー3”の実力者であるジャン=クロード・ゴダン氏(Jean-Claude Gaudin)がバラ色旋風(*バラはフランス社会党のシンボルマーク)に必死で耐え,なんとか勝利を手にした。

これらの象徴的な都市以外でも,与党はその高慢を恥じることとなる。すなわち,前回の2001年地方選では人口3万人以上の都市では数字上,右派がわずかに左派を上回っていたものの(236の都市のうち,124の都市で右派が勝利),昨日(*2007年3月16日)の時点でその勝利は過去のものとなった。総合すると,左派が4都市で敗北したのに対し,右派はコロンブ(Colombes),アニエール(Asnières),エヴルー(Evreux),ブリーヴ(Brive)を含む37都市で敗北を喫した。またランス(Reims)では,与党の元大臣2人が骨肉相食む争いを繰り広げ,社会党アデリンヌ・アザン(Adeline Hazan)女史が漁夫の利を得た結果となった。(*補足 : 第一回投票後,与党は身内同士の争いを収拾し社会党出身の女性市長誕生を阻むべく,ルノー・デュトレイユ(Renaud Dutreil)元大臣を選挙戦から辞退させ,同じく与党のカトリーヌ・ヴォトラン(Catherine Vautrin)元女性大臣だけを与党公認候補として残した。)その骨肉の争いに乗じた形で社会党候補アザン女史が56,07%の投票率を獲得し,この元女性大臣をたやすく一蹴したのだ。メッツ(Metz)では,78歳のジャン=マリ・ローシュ(Jean-Marie Rausch)前市長とマリ=ジョー・ズィメルマン女史(Marie-Jo Zimmermann)が激しく対立し(ズィメルマンは第一回投票後に与党からの公認を取り消された),それらの騒動がPS(社会党)ドミニク・グロ氏の有利に作用した。アミアン(Amiens)では,旧UDF*中道派MoDemの前身)の元大臣であるジル・ド・ロビアン(Gilles de Robien)氏も敗れ去った。

そして西部では,左派が勝利を洗いざらい掻っさらった。緑の党との連立で出馬した社会党ベルナール・ポワニャン氏(Bernard Poignant)はカンペール(Quimper)でたやすく当選を果たした。カン(Caen)では低地ノルマンディ地方社会党局長であるフィリップ・デュロン氏(Philippe Duron)が,ブリジット・ル・ブルトン(Brigitte Le Brethon)前女性市長から市長の座を奪い取った。そして与党が特に狙いを定めたアンジェ(Angers)でも,左派への支持は確実に浸透したようだ。すなわち,右派は候補者不足に苦しんだ末,メーヌ・エ・ロワール地方(Maine-et-Loire)のクリストフ・ベシュ県会議長(Christophe Béchu)を対立候補に立てたものの,社会党のジャン=クロード・アントニーニ(J.C. Antonini)前市長を前に,49,5%50,5 %で打ち負かされた。与党ナターシャ・ブシャール女史(Natacha Bouchart)によるカレ市(Calais)での勝利が,右派にとってせめてもの慰めといったところか。

新中道(NC)(*注①)はブロワ市(Blois)では敗北したものの,シャテルロー(Châtellerault)とアジャン(Agen)で勝利を勝ち取った。

ところが反対に,中道派MoDem(民主運動)(*注①)は総崩れとなった。党首フランソワ・バイルはポー(Pau)市で敗北の憂き目にあい,次期大統領への野望にも,翳りが見え始めた。また今回の第一回投票と二回投票の間には,中道派の上位候補者たちの日和見主義や規律のなさが露呈され,この党の将来をなおさら悲観せざるを得ない(*注②)

逆に緑の党(Verts/左派)には吉報がもたらされた。モントルイユ(Montreuil)市では,女性上院議員ドミニク・ヴワイネ(Dominique Voynet)が,共産党を離脱したジャン=ピエール・ブラー(J.P. Brard)氏を破ったのだ。

今回の市議会議員選の結果に沸いた左派は,(小群を選挙区とする)県議会選挙でも同様の勝利を手にした。101の小群選挙区のうち51を保持していた社会党は,今回新たにソム(la Somme),ドゥ・セーヴル(Deux-Sèvres),ロ・エ・ガロンヌ(Lot-et-Garonne),コレーズ(la Corrèze),アンドル・エ・ロワール(Indre-et-Loire),そしてヴァル・ドワーズ(Val-d’Oise)を獲得し,地方議会の多数派としての地位をさらに強固なものとしたのである。【完】

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キーワード & 訳注

*① 新中道(Le Nouveau Centre)と民主運動(MoDem/モデム)

サルコジ政権発足後(正確には大統領選第一回投票の後),中道派UDF(フランス民主運動)は党首フランソワ・バイルが新たに結成した民主運動”MoDem”(モデム)と,バイルに反発しサルコジ側(与党)に流れた中道派議員らが作った新中道”NC”に分裂。旧UDFの流れを汲むMoDemが旧党同様,中道右派であるとすれば,与党と連立関係にあるNCは政治思想的にも実際には与党(右派)と同質と思われる。ちなみに母体であるUDFは新MoDemへの移行期間を3年として法的には存続しているが,実質的な権限はすでにMoDemに譲渡されており,ほぼ実体をなしていない。また,エルヴェ・モラン現・国防大臣は,かつてバイル率いるUDFで党首の右腕として活躍したが,大統領選中にバイルと決裂し,アンドレ・サンティニ(現・政務次官)と共に新中道NCを結成した立役者である。
*② フランソワ・バイルとMoDemの受難

(後日UP,または新記事を追加します)

2 Comments

DennyJohpp  

最近新聞等流し読みですが、バランス取れているなぁと
思います。
『ふらんす』誌で朝日の特派員氏が例の憲法院への
”いちゃもん”を警告していました。
気をつけて見ていないといけないと思いますが、案外
落ち着きそうな感じかもしれないですね。
・・・とはいえ、サルコジさんにとって厳しい今後に
なるでしょう。

2008/03/26 (Wed) 08:43 | EDIT | REPLY |   

bébépiupiu*  

i-77 to : Dennyさん

レス遅くなってごめんなさい!

『ふらんす』誌・・・いろんな情報誌があるのですね。
サルコジさんてば,
大統領職を引退したら自分も憲法院の一員になるのに
その適正に欠けるとみずから証明したようなものですね。


2008/03/30 (Sun) 18:50 | EDIT | REPLY |   

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