【VOYAGE Vol.9 】 あのコンシエルジュリーはどこへ

セーヌどんぶらこ

ルコック関連
でさんざんいらぬ寄り道をしたため,
すっかり 「今一体どこにいるんだよ?」状態に。

なので,ちょっとベタですが
セーヌ河岸で撮った写真で
無理やり”パリ”を強調しておきます。

さて,写真左,隅っこにお城のような建物が
見えるでしょうか?
フランス革命後,王妃マリー=アントワネットが
断頭台の露と消える直前まで収監されていた牢獄,
”コンシエルジュリー”(Conciergerie)です。

特に革命後の恐怖政治の間は,
コンシエルジュリーに収監されたが最後,
生きて日の目を見た人が殆どいなかったため,
「死の牢獄」(antichambre de la mort)と恐れられたとか。

恐怖政治でフランス中を震え上がらせた,
ジャコバン派リーダー,ロベスピエール。
彼は,ジロンド党などの反対勢力は言うに及ばず,
反旗を翻した盟友エベール,ダントンらをもコンシエルジュリーへ送り,
ギロチン台で次々とライバルを”粛清”していきます。
しかし,そのわずか3ヵ月後,
自らもこの牢獄を経て処刑される運命に。

そんな狂気の歴史を持つコンシエルジュリー,
わたしがパリに住んでいた頃は
排気ガスと老朽化のせいで外壁がどす黒く汚れ,
晴れた日もそこだけ異彩を放っていました。
それがまた薄気味悪く,
残酷な過去を感じさせたものです。
ところが今回,なんと外壁工事を経て
サッパリとこぎれいに!

・・・何だろう,この違和感。
なんだか,瀟洒なお城のようです。
(いや,確かに元々はお城だったそうですが・・・。)
昔のままのおどろおどろしい方が
コンシエルジュリーらしかったのに。

・・・なんて言ったら不謹慎でしょうか?

2 Comments

yk-meron  

わかりますそのきもち。久しぶりに帰った地元の駅が工事中だったのが、なぜか高架に、みたいな。。(笑)フランスだと、建物をそのまま壊さずにいるので、町の印象が崩れなくていいですよね。

2009/02/05 (Thu) 12:45 | EDIT | REPLY |   

bébépiupiu*  

i-77 to : yk-meronさんへ

yk-meronさん,
また遊びに来てくださってありがとうございます!

確かにフランスは(たとえパリでも)
何年後かに再び訪れても
そんなに街が変わっていないことに驚かされますよね。

日本はyk-meronさんのおっしゃるように
突然,巨大なビルが出現したり,
銀行の名前が変わったり(笑)と
スピード感が半端じゃないですものね。
そういう意味では,日本とフランス,東京とパリは
けっこう両極端な国であり街なのかなーと思います。

コメントありがとうございましたi-265

2009/02/06 (Fri) 00:44 | EDIT | REPLY |   

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