【ルモンド時評】 ルワンダ虐殺とフランスの告白 Vol.2


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"Au nom du peuple français...", par Franck Nouchi"(原文)
   2010/02/27 | Éditorial | Le Monde |
  「 フランス国民の名において 」 | ル・モンド紙  | 時評 |フランク・ヌシ著  

その光景は今でも忘れられてはいない。1994年7月20日、ニコラ・サルコジ氏は国営テレビ“France2”の20時の報道番組のスタジオにいた。ルワンダ大虐殺を映した悲惨な映像にコメントすべく招かれた彼は、バラデュール政権下の財務大臣および内閣スポークスマンとしてコメントした。

「この映像は衝撃的だ。しかし、そのためにフランスはアクションを起こし、介入したのだ。問題は、なぜアクションを起こしたのが我々フランスだけなのか、ということだ。(中略)暴動を制圧し、人員を現地に派遣し、人道援助団体が介入できるように、各国は直ちに現地に赴くべきである」

そして、サルコジ氏は付け足した。「想像してごらんなさい。もし、フランス軍がこの賞賛すべき勇気をもって“ターコイズ作戦”を実行しなかったならば、そして、そのおかげでセキュリティー・ゾーンが設けられなかったならば、この映像はさらに悲惨なことになっていただろう」

そして16年後の2月25日、ニコラ・サルコジ氏は80万人の犠牲者(その大部分がツチ族である)を出したジェノサイド後、フランスの国家元首として初めてルワンダを訪問した。「当時ここで起こったことは、人類の敗北であった」とフランス共和国大統領は宣言した。「ここで起こったことは消えがたい痕跡を残し(中略)、フランスを含む国際社会に対し、この恐ろしい犯罪を事前に察知し回避することができなかった過ちについて内省を促すものである」 それに先立ち、サルコジ氏は犠牲者に捧げられた哀悼の芳名録に次のように記した。「フランス国民の名において、私は虐殺の犠牲となったツチ族に敬礼する」

すなわち、それはコフィ・アナン前国連事務総長やビル・クリントン、ベルギー元首相ヒー・フェルホフスタットが行ったような公式な謝罪ではないものの、少なくともサルコジ氏が1994年に発した言葉とはずいぶん異なるものであった。そしてその間、ようやく事実が明らかになってきた。調査が行われ、本が出版され、映画が公開された。中でもアラン・タスマ作の映画「トルコ作戦」、そしてとりわけJean Hatzfeldが発表した3作品、“Dans le nu de la vie“(人生の裸体の中で), “Une saison de machettes “(鉈の季節)、“La Stratégie des antilopes“(アンテロープの戦略)が有名だろう。この主要3作品の中で、ルワンダ人、すなわちツチ族とフツ族自身がジェノサイドの前、最中、その後について語っている。

フランスが自らの責任に直面することを受け容れるには、まだ時間が必要である。そしてそれは、Jeannette AyinkamiyeがJean Hatzfeldに述べた言葉に対する、フランスの1つの答えとなるだろう。

「人々は、これが起こり得る中で最も残酷な最後の出来事であったと言いますが、私はそうは思いません。1つの大虐殺が起こった時、それはさらに別の大虐殺が将来のいつ何時、ルワンダであろうとそれ以外の国であろうと、いかなる場所でも起こり得ることを示唆しているのです。その原因は常に存在し、そしてその原因を我々が知ることはないのです」(終) 
( 拙訳 : bébépiupiu )
 

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