* コンゴ反政府軍M23を支援するルワンダ、その真意

週末の東京はおだやかな青い空に恵まれましたが、日曜日の今日は、午後になって雲行きがあやしくなってきました。
 さて、 コンゴ反政府軍M23がゴマ地方からの撤退を完了したようです。M23とコンゴ政府間の、和平に向けた対話の開始を期待したいところですが、M23の裏にルワンダ政府の存在があるため、そう簡単にはいかないように思われます。それにしても、一体なぜルワンダ政府がコンゴ政府軍から離反したM23を影で支援しているのでしょうか?今日は、North Carolina at Chapel Hill大学で教鞭を取るGeorges Nzongola-Ntalaja教授が英紙「ザ・ガーディアン」に寄稿した記事を紹介します。
the gardian
Georges Nzongola-Ntalaja
Wednesday 28 November 2012 15.09 GMT



A boy runs through Sake as gunfire erupts at the edge of the town
Photograph: Phil Moore/AFP/Getty Images


Only the Congolese people can save Democratic Republic of the Congo
「コンゴ民主共和国を解放できるのは、コンゴ国民しかいない」

 「3月23日運動」、すなわちM23は、ルワンダ拡大とコンゴ民主共和国(DRC)(旧ザイール)の天然資源を狙うポール・カガメ(ルワンダ大統領)一派の4番目の化身である。

狡猾なルワンダの最高指導者は、まず1996年から1997年にかけてローラン=デジレ・カビラ率いるコンゴ解放民主勢力連合(AFDL)を通じ、モブツ独裁政権からコンゴを解放したと自称した。だが、カビラが自分の意のままに動く傀儡のコンゴ大統領ではないと分かると、1998年にはカビラ打倒のためコンゴ民主連合(RCD)を結成し、戦略を重ねた。

 対コンゴ国民の反勢力集団として、ルワンダとウガンダによって突如結成された前述のグループとは異なり、M23は、2006年に結成さえた前身の人民防衛国民会議(CNDP)と同様、コンゴ政府軍内のツチ族集団として出現している。ルワンダ、ウガンダ、ブルンジによるコンゴ侵略に続き、コンゴ民主共和国の天然資源をめぐってアフリカ内紛が勃発して以来、カガメ大統領は、巨大な隣国(コンゴ民)をあからさまに侵略、占拠、略奪するのは危険だと悟った。

 M23の名称自体が、M23はCNDPとつながる「へその緒」であることを明確に示している。すなわち、2009年3月23日、ローラン・カビラ前コンゴ大統領の息子であり、2006年よりコンゴ大統領に就任したジョゼフ・カビラ大統領とCNDP間で交わされた和平協定を守らなかったことの報復として、M23は反乱を起こしたと主張しているのだ。いわゆる外交辞令にも関わらず、この和平協定はカビラ政権がルワンダ政府の利権戦略に屈服したことを示している。つまり、ルワンダ政府は、コンゴ系ツチ族とルワンダ兵士から成る、外国軍に忠実な民兵をコンゴ政府軍の中に組み込ませることを許しだのだ。

裏切りの将軍でありCNDP創設者であるローラン・ンクンダが自宅軟禁されている間に、彼の代理人であったジャン=ボスコ・ンタガンダは国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出されているにも関わらず、コンゴ政府軍第5連隊「コンゴ民主共和国軍の力」の将軍に任命された。2011年の大統領選で明らかに敗北したカビラ大統領は、彼が大統領の座に居座ることを容認した西側の圧力に屈し、3月、「ザ・ターミネーター」(ンタガンダのあだ名)をICCに引き渡すと表明した。これをもとに、CNDPの新しい名称であるM23の指揮のもと、この新たな反乱が勃発したのである。

 今回のDRCに対するルワンダ政府の攻撃から、3つの教訓を学ぶことができよう。

 まず、コンゴ民主共和国における終焉の目処がつかない危機の根本的な原因は、正当性を持つ政府と実力を備えた権力の不在である。脆弱で非常に不人気な指導者であるカビラ大統領は、大統領に就く正当性を持たず、DRCのように戦略的に重要な国における最高責任者としての責務を果たすこともできない、権力の簒奪者である。12年近くにわたる大統領任期の間に、国の富を浪費し、効果的な公的機関、特に軍事、警察、市民サービスにおける機関を作り上げることがでできなかった。カビラ大統領が自分自身、そして自分の祖国とみなしているコンゴへの尊重の念がないのであれば、彼は辞職すべきである。

 次に、コンゴ政府が自国の国境を守ることができない限り、カガメ(ルワンダ大統領)とウガンダのヨウェリ・ムセベニ大統領は、キヴ地方北部および南部(ルワンダとの国境)と、東部イツリ地区(ウガンダとの国境)をそれぞれ支配・略奪するのをやめないだろう。ルワンダとウガンダは、アフリカ地域、特にスーダン(国連とアフリカ同盟がダルフール地方に展開する平和維持部隊の中に、ルワンダは大規模な分遣隊を擁している)、ソマリア(ここでウガンダが、アルカイダ=アルシャアブ同盟に対する戦いを指揮している)の「残虐行為に対する戦争」において、アメリカの強力な同盟国として、アメリカとイギリスの支援を期待することができる。西側の大国達が、ルワンダとウガンダが人権侵害とDRCの天然資源略奪に関与しているというおびただしい数の報告に直面してもなお、これら二国に制裁を科すことができずにいるのが現実だ。この点に関する最も衝撃的な事実は、人権に対する犯罪、戦争犯罪、そして1994年から2003年間に発生した現ルワンダ政府によるコンゴ国内における虐殺(ジェノサイド)の可能性に関して2010年に国連高等事務官が発表したUN Mapping Reportに対する、国際社会の沈黙である。

 最後に、このような状況下でコンゴ国民は、ルワンダ、ウガンダ、およびその外部支援者から自分達を救いだすために国際社会が動いてくれるなど、どうして期待できようか。13年間にわたる国連の平和維持活動とそのミッションに費やされた1年あたり150億パウンドの費用をもってしても、平和と安定が実現されていない今、他のアフリカおよびそれ以外の「中立的」な国が、コンゴの現状を変えるために何ができるというのだろう。そのような中、コンゴ民主共和国の解放は、コンゴ国民の子どもたちの手に託されているといえるだろう。
(終)

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