【ルモンド紙 社説】中央アフリカ、フランス軍事介入へ

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11月27日付ル・モンド紙の社説より。

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République centrafricaine : questions sur une intervention française”(原文)
  2013/11/27 | Éditorial | Le Monde |
 「 中央アフリカ共和国:仏軍介入に関する問題 」 | ル・モンド紙  |  社説 
  (*)は訳者による注釈  
 


 マリ共和国への軍事介入開始から10カ月、コートジボワール内戦への軍事介入から2年半、フランス兵は再びアフリカ大陸で戦闘準備態勢に入った。フランスのもうひとつの旧植民地、中央アフリカ共和国での戦いだ。新植民地主義(ネオコロニアリズム)の出現という批判を超越した緊急事態である。以前から混沌と人道的大惨事に陥り、最近では民族・宗教間の激しい暴力に晒され破綻した中央アフリカに秩序を取り戻すという、絶対的緊急性だ。フランス以外に中央アフリカの暴力の炎を鎮火できる国はないだろう。

 病める時も健やかなる時も、フランスはこの中央アフリカという国を知り尽くしている。中央アフリカは、かつて「フレンチアフリカ」(Françafrique)と揶揄された典型的な国であった。フランスは中央アフリカの政府を作っては壊してきた。独裁者を追放しては、その独裁者の側近を後釜に据えた 最近では、クロード・ゲアン元大臣(*①)やジャン=クリストフ・ミッテラン(*②)という、瀕死の「フレンチアフリカ」のキーパーソンが中央アフリカを訪問するという不可解な出来事も生じている。だが、今はそのようなことを語っている場合ではない。

 今年初め、フランス政府は、フランソワ・ボジゼ大統領による縁故採用だらけの腐敗した専制君主国、中央アフリカを救うために、パラシュート部隊を派遣することを拒否した。当時、フランソワ・ボジゼ大統領は中央アフリカ人の反逆者グループと外国人傭兵、プロの強盗達から構成されたまとまりのない反逆者集団、「セレカ」(la Seleka)に脅かされていた。そのため、フランス政府は、すでに中央アフリカに軍を派遣していた近隣諸国、特にチャドとコンゴ民主共和国にこの危機的状況の打開を託した。フランスは同時に国連で積極的な働きかけを重ねた。

 しかし、状況は悪化の一途をたどった。米内務省は現在の中央アフリカの状況を(すこしばかり誇張されてはいるものの)「プレ・ジェノサイド」であると言及した。国連安全保障理事会は、中央アフリカへの軍事介入を採決するだろう。フランスを除くEU首脳らは、戦火が近隣諸国、すなわちチャド、コンゴ民主共和国、南スーダン、スーダン、カメルーンへ飛び火することを恐れる一方で、中央アフリカへ駆けつけるべきだ、とは誰も口にしない。

 船が方向を見失えば、国は漂流する。事態はもはや、3月にフランソワ・ボジゼ前大統領を失墜させたミシェル・ジョトディアの手に負えなくなった。反乱軍セレカは、独立した巨大な集団と化した。地方の自衛団と旧勢力(フランソワ・ボジゼ前大統領)に忠誠を誓った軍という、全く異質の物たちで構成された武装反乱軍が各地で発生している。事態は一触即発だ。その一方で、人口400万人の中央アフリカで、すでに数十万の住民が(国境近くに)退避している。自身を権力の座に就けた反乱軍を統率する手腕がないことが明らかになったミシェル・ジョトディアに取って代わる人物もいない。

 よって、事態は緊急を要する。フランス政府は短期間の軍事介入を約束した。すでに現地に軍隊が駐屯していることもあり、軍事作戦の成功は不可能ではない。1,000人のフランス兵が綿密な軍事作戦に投入される予定だ。しかしその後はどうなるのか。 1960年代の独立以降、中央アフリカにつきまとうクーデターの影や、過去の栄光にすがるゲリラ部隊という旧悪によって中央アフリカが退廃へ向かうことを、我々はいかに防げるだろうか。
(終)

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 キーワード & 訳注 
①クロード・ゲアン (Claude Guéant) ・・・
サルコジ大統領時代に、大統領政務次官、内務・海外県・地方自治・移民相を務めた。ジアード・タキディーヌ(前回の記事参照)から、カダフィ大佐によるニコラ・サルコジへの選挙資金援助の関与を告発される。司法当局はゲアン元大臣の自宅を家宅捜査し、ゲアンの個人口座に50万ユーロと2万5千ユーロが振り込まれていることを突き止めた。
②ジャン=クリストフ・ミッテラン (Jean-Christophe Mitterrand)・・・フランソワ・ミッテラン仏大統領の息子であり、ミッテランの大統領時代には仏政府アフリカ外交局で大統領顧問を務めた。その後、アンゴラへの武器密輸事件「アンゴラゲート」(フランスの武器商人ピエール・ファルコンがロシア系ユダヤ人ガイダマックと共謀し、当時、大統領顧問だったジャン=クリストフ・ミッテランの口利きで1994年、7億9千万ドルに上る旧ソ連の武器を当時のアンゴラ政府に斡旋したとされる)に関与した容疑で起訴され、収監されるものの、莫大な保証金のおかげで釈放された。公金濫用隠匿罪や脱税等でも起訴されている。

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