ブルキナファソのクーデターを理解するための6つのQ&A


Six questions pour comprendre la crise au Burkina Faso”(原文) 2014/11/01 | Éditorial | Le Monde |
 「 ブルキナファソの危機を理解するための6つの質問 」
  ル・モンド紙 + AFP + ロイター
  (*)は訳者による注釈  
 


 10月31日、ブレーズ・コンパオレ大統領は24年間ブルキナファソに君臨した後、ようやく辞任を政府公式声明として発表した。3日間続いたデモは木曜日に激化し、4人の死者を出した。ナシオン(国家)広場に集結した群衆は、国家元首の辞任表明に喜びを爆発させた。ブルキナファソの国家体制の危機は早々にエピローグを迎えたが、大統領ポストは空席のままである。現在の状況をまとめた。


■ 誰がブルキナファソを統治するのか?

ブレーズ・コンパオレオノレ・トラオレ
 ブレーズ・コンパオレ大統領   オノレ・トラオレ陸軍参謀長

イサック・ジダクアメ・ルゲ
   イサック・ジダ中佐     クアメ・ルゲ元国防相


金曜日の政府公式声明では、ブレーズ・コンパオレは憲法第43条に基づき辞任すると発表した。ブルキナファソの憲法は、大統領職の空白期間は、国会の代表がその代理を務めると規定している。しかし、オノレ・トラオレ陸軍参謀長によると、国会は木曜日にすでに解散されたという。

「国民の生命を保障する緊急性を考慮」し、オノレ・トラオレは自身が「本日より国家元首の責任を」果たすと発表した。軍最高司令官トラオレは、「憲法に従って」国家の主導権を握ったと主張している。

だが、金曜日の夜、状況は複雑化した。夜、ブレーズ・コンパオレの大統領近衛隊のナンバー2であるイサック・ジダ中佐が、権力移行期間中のトップとなると自称したのだ。その直前に、「国家の強い力」を自称する将校と反対派のグループが、憲法の中断と、外出禁止令の実施および空と陸の国境の封鎖を発表した。

■ ブレーズ・コンパオレ氏はどうなる?

イサック・ジダ中佐は、辞任したコンパオレ大統領は「安全な場所」におり、「身体および精神に危険は及んでいない」と述べている。フランスの外交筋によると、ブレーズ・コンパオレ氏はワガドゥグから脱出し、南部に向かっているようだ。ガーナとブルキナファソの国境近くにある街、「ポーに向かっている」とのことだが、それがガーナやコートジボワールといった国外に脱出するための行脚であるかは明らかにされていない。フランス外国筋の話では、少なくともコンパオレ元国家元首はフランスへの亡命を申請してはおらず、そもそも(アフリカの大物政治家が)フランスへ亡命するケースはもはや時代遅れだという。

■ 現在のブルキナファソは誰が権力を掌握しているのか?

ブレーズ・コンパオレは公式声明で、90日以内に選挙を実施するよう求めている。一方、ジダ中佐は、権力掌握を発表した声明の中で、「社会・政治における様々な相違を反映した移行機関」により「民主的な権力移行手続きを開始する」意思を表明したが、その詳細については触れていない。しかし、ジダ中佐は、ブレーズ・コンパオレが大統領選挙に再出馬するのを阻止するために3日間にわたりデモを行った「ブルキナファソの若者達」に対し、「民主的な改革への熱望を裏切らず、失望させない」と断言した。

ブレーズ・コンパオレの後継者候補の中に、数日前からクアメ・ルゲの名前が浮上している。実はこの退役軍人は、反体制派から絶大な指示を受けており、反対集会では彼の名前が数回に渡り叫ばれている。元国防相クアメ・ルアゲは、ブレーズ・コンパオレ大統領を失脚させようとして失敗に終わったクーデター事件の証人として召還されるため、2004年に国防相のポストを罷免されたが、結局その責任を問われることはなかった。

■ なぜブレーズ・コンパオレは批判されたのか?

ブレーズ・コンパオレは63歳にして、来たる2015年11月の5度目の大統領ポストを狙っていた。そして、その的を達するため、自分の野望を阻む憲法37条を改正しようとしており、反体制派は「憲法のクーデター」が起こることを危惧していた。つまり、この極めて重要な法律の改正により、コンパオレ氏がさらに長期にわたり権力にしがみつき、新たに3度の任期、すなわちさらに15年間ブルキナファソに君臨することを懸念したのだ。

かつてクーデターによって権力の座についたコンパオレ大統領がさらにその座に居座るために、1997年と2000年の2度にわたり憲法を改正した経緯があるため、その懸念は当然のものだろう。コンパオレは辞任前に、アフリカで最も長く大統領の座に付いた権力者のベスト6に入っている。

■ デモ参加者の要求は叶えられたか?

政府が憲法改正計画を発表した10月21日以来、反体制派はデモを実施した。特に10月28日には、ワガドゥグで数千のデモ参加者が「ブレーズ、出て行け!」とシュプレヒコールを上げた。

金曜日、ブレーズ・コンパオレが自身の辞任を発表する数分前になされた、軍代表のブレマ・ファルタ大佐によるコンパオレ大統領の辞任の発表に、ワガドゥグの参謀部隊の前のナシオン広場に再集結していた群衆は喜びを爆発させた。

しかし、ロイターの特派員によると、その後、軍最高司令官オノレ・トラオレ将軍が国の主導権を握ったと判明した際には、この喜びに沸き返った空気がいささかトーンダウンしたようだ。なぜなら、群衆たちはブレーズ・コンパオレ大統領の辞任と同時に、オノレ・トラオレの退任も要求していたからだ。この要求は、反体制派の代表者の中でも意見が分かれるところだ。「進化のための人民運動」(MPP)の活動家であるモヌ・タプソアバは、「我々はトラオレ将軍が政治に関わるのを望んでいない。(そのポストに)ふさわしい人物であるべきだが、トラオレは、ブレーズ・コンパオレの側近だ」と言う。

■ 暴力の結果は?

現時点では結果は不確かである。二派の衝突により、30数人の死者と100人以上の負傷者が出た。フランス・プレス・エージェンシーによると、木曜日に首都で起きた死者4人と重傷者6人については、まだ確認中である。

金曜日の時点では、ワガドゥグの官庁街で略奪が起こっている。前日は、第二の都市ボボ・デュラッソでコンパオレ派の複数の著名政治家の邸宅が略奪や放火の被害に遭った。軍や警察の介入はほとんどなく、現時点では、憲兵隊に対して、これらの大規模な犯罪行為を阻止するいかなる政府命令も発令されていない。

(終)(拙訳)

0 Comments

Leave a comment