* フランスとレバノンの関係 (ル・モンド社説より-レバノン=イスラエル紛争 ②)

更に混沌とした様相を呈している,レバノン=イスラエル抗争。
即時停戦を求めるEUと,ブッシュの親イスラエル政策に傾くブレア政権下の
イギリスとの決裂が懸念されています。
刻一刻と変わる状況を個々の記事で追うには,訳が間に合わないので(・・・す,すみませんー)
当分の間,フランス各紙の社説で情勢をグローバルに(と言えば聞こえがいいかも?笑)
把握してゆければ・・・と思ってます:

Inflexion française
LE MONDE | 18.07.06

© Le Monde.fr
* 上記 LE MONDE 社説より以下抄訳 *
 テーマは,レバノンとゆかりの深いフランスが,これから歩むべき道について。(・・・かな?)


『フランスの転換---アンフレクシオン・フランセーズ---』

フランスは,レバノンと『特別な関係』にある。抗争から6日目にして,密使として政府高官をレバノンに送った最初の国であり,ドミニク・ドヴィルパンの言葉を借りれば,『レバノン国民への連帯感を表明したかった』からである。首相(ドヴィルパン)は市民の苦しみに終止符を打つために,”人道的即時停戦”を呼びかけた。フランスは,イスラエルとの国境に位置するレバノン南部への国際部隊の展開に言及した。ジャック・シラクは,国際部隊は”強制権”を有する軍事力でなければならない,と言う。

しかし,”人道的即時停戦”の可能性を探るにはフランス政府はそれほど強固ではないし,1996年の『怒りのぶどう作戦』( *訳注①)の時よりもその力は弱まっている。シラク大統領はイスラエルの”過度な応戦”を批判したが,その後,ヒズボラと(その名を明示しないながらも)武装派組織シーア派を支援する2つの国,シリアとイランに非難の的を絞った。

このフランスの方向性転換の理由は多様だが,その中でも主に2つの理由が挙げられる。1つは,2005年2月に起こった,ラフィーク・ハリーリ元レバノン首相の暗殺だ。彼は,シラクの側近のひとりによれば ”シラクの最も大切な外国人の親友”だったという。国際機関の調査結果によると,暗殺はおそらくシリア工作員と親シリア派レバノン人工作員によって実行されたようだ。2つめは,それに続くフランスとアメリカとの和解だ。パリとワシントン( *訳注②)選挙に勝利した反シリア政治勢力を協力して支援し,その後フランスとアメリカは,シリア撤退を求めた国連安保理決議1559を可決した。

ところが安保理決議1559は,レバノンの完全な国家主権回復を目的としていたにも関わらず,エズボラの武装解除も要求したものだった。したがって,シラクのこのような態度は武装派組織シーア派に対して非常に厳しいものであり,シーア派は武装解除を拒否し,イスラエル兵を攻撃して敵意を剥き出しにするばかりでなく,フランス政府が懸念しているように,ダマス(*訳注③)とテヘラン(*訳注④)の利益を守るために秘密裏に行動を起こすかもしれない。

したがって,昔からアラブ諸国と親密な関係にあるシラク大統領は,外交上バランスをとることにしたのだ。つまり,一方でイスラエルへ自制を呼びかけ,他方でヒズボラを見限ることにしたのだ。この政策は,疑いもなく最も妥当なものであろう。これが,アメリカとの協調路線と国際的コンセンサスを維持する唯一の政策なのだから。

しかしそれは,現実を無視するものであってはならない。イスラエルは目下,ヒズボラだけではなく,実際にはレバノンも攻撃対象としているのだから。そして,最も楽観的観点から仮にこの作戦がヒズボラと決着を付けるのに功を奏するとしても,それがレバノン復興の努力を打ちのめすものであってはならないのだ。

訳注①:イスラエルで発生した連続爆弾テロをヒズボラの犯行と断定したイスラエル軍による,
     レバノン南部空爆を指す。
訳注②:パリ=フランス政府,ワシントン=アメリカ政府のこと。
訳注③:シリア政府のこと。
訳注④:イラン政府のこと。

* スタインベックの『怒りのぶどう』は,出エジプト記のさまよえるイスラエルの民をモデルとして書いた,と一般には解釈されているようです。イスラエルの民が目指す「乳と蜜の流れる約束の地」ねえ・・・。うむむ。
・・・今,気づいたのですけど,クリアストリーム事件の一連の記事,うやむやにしてしまいましたー。途中でほっぽりだしてるし。誰も覚えてらっしゃらないとは思うけれど(汗) あの後スッタモンダあったようだけど,まだ解決してないようです。。。

* レバノン=イスラエル紛争その3はコチラ → → →

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